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カープの存在価値について

1 :代打名無し@実況は実況板で:04/09/17 19:45:46 ID:bddQV5xg
もっと色々改革して欲しいね

2 :代打名無し@実況は実況板で:04/09/17 19:46:30 ID:M1U8TkOU
toriaezu2

3 :代打名無し@実況は実況板で:04/09/17 19:46:47 ID:XV6KuIhI
スト2

4 :代打名無し@実況は実況板で:04/09/17 19:47:14 ID:qonk+dT1
力をくれ

5 :代打名無し@実況は実況板で:04/09/17 19:47:54 ID:H5e+5myI
再編の方に建てれ

6 :代打名無し@実況は実況板で:04/09/17 19:49:05 ID:afhMPr7E
カウント取るのにも使えるし、変化が大きければ三振も取れるよ

7 :代打名無し@実況は実況板で:04/09/17 19:49:19 ID:lONGJ6Ol
可哀そう

8 :代打名無し@実況は実況板で:04/09/17 19:49:20 ID:OYsmeJhg
ピーコの働き口としてカープは存在してます。

9 :代打名無し@実況は実況板で:04/09/17 19:51:28 ID:mAPnCt9L
来年もプロ野球板にピーコの文字が飛び交います

10 :代打名無し@実況は実況板で:04/09/17 19:54:20 ID:d5zZ14ad
広島ローカルのNHKでは8時から「カープがこの先生きのこるためには」みたいな番組やるよ

11 :代打名無し@実況は実況板で:04/09/17 20:00:59 ID:w6eLQ9Vy
ほんまじゃ>>10

12 :代打名無し@実況は実況板で:04/09/17 20:04:55 ID:bddQV5xg
・・・こちら変わって広島カープ。年が明けた昭和26年早々、重大事件が勃発していた。
セ・リーグ内に、「広島カープを解散させるべし」との案が具体化しつつあった事だ。
その根拠は、カープは給料を遅配し定期的支給を怠っているが、
これはセ・リーグ加盟球団として恥になること。
また、25年度ビリであったが26年度も強化の実が上がっておらず、
再びビリが決定的であり、セ・リーグのお荷物になること、であった。
 その最終的決定を協議するセ・リーグ理事会は、
26年3月16日、甲子園球場で開かれることになった。
16日から三日間行われる「大阪優勝大会」の初日の試合が終了した時点で、
一気に可決してしまおうとしたのである。
勿論広島カープもこの準公式試合に参加する予定であった。
解散か、大洋への吸収合併か、を目前にして何ら手を打たないほどカープは無能ではなかった。
 広島カープ危機一髪・・・あらゆる手段を講じ、出来るだけの手を打っていた。
例えば、広島専売公社への売り込み、某ビール会社への打診、某ウィスキー会社への嘆願等々。
が、全て失敗に終わった。


13 :代打名無し@実況は実況板で:04/09/17 20:05:26 ID:bddQV5xg
 こうして万策尽き、途方に暮れていた折りもおり、
3月13日、NHKの広島放送局即ちJOFKが、
−−カープ解散か?と正午のニュースに流したからえらい事になった。
JOFKのニュースを聞いたカープ合宿では、緊急選手会が開かれた。
皆実町の御幸荘アパートの合宿は、せきとして声もなかった。
「今のラジオを聞いたか。皆んなの遠慮のない意見を聞かせてくれ」
ようやく監督石本秀一がこれだけ言った。選手達は答えなかった。答えられなかった。
給料の遅配にもめげず、一年間頑張り抜いてきた選手達であった。
質屋通いをしてどうやらその日、その日を過ごしてきた健気な若者達であった。
しかし、もう甲子園大会に出場するための汽車賃を捻出することさえ不可能であった。
「リュックサックにバットとグラブとユニフォームを入れて歩いていこう。
広島から大阪まで歩いていけん事もなかろうが」
 悲壮な決議を前夜、満場一致で可決したばかりであった。
歩き疲れ、睡眠も不足とあっては、甲子園までたどり着いたとしても、
果たして試合ができるのだろうか・・・そんなことは誰も考えなかった。
カープの選手は全員ただ野球がしたかったのである。
しかし、その決心もJOFKのニュースを聞くに及んで、事態はそこまで行っているのかと落胆し、
全員が虚脱状態に陥った。


14 :代打名無し@実況は実況板で:04/09/17 20:06:09 ID:bddQV5xg
同じ頃、バットを手に手に持った”8人の侍”が市内を走り回っていた。
その道順は県庁、市役所、広島電鉄、商工会議所、中国新聞社であった。
バットを持った壮漢の侵入に、県庁の受付は「すわ暴漢」と一瞬色めき立ったが、
バットには”必勝広島カープ”と墨痕鮮やかに記されており一安心、
総務部長河野義信に面会の手続きをとったものである。
 当世流に言えば、カープを愛する市民運動とも解釈される”8人の侍”の善意の行動であった。
訪問先で話すことは同じであった。
「今のニュースを聞かれましたか。貴方の熱意不足で、我々が愛するカープが危機に瀕しています。
早急に支援の手を差し伸べて下さい」
 最後の中国新聞社を訪れた際には、興奮その極みに達し、
「早急に援助しないようなら活字ケースをひっくり返して見せますぞ」と迫った。
 新聞社側は大いに驚いたが、同時に「カープは市民にそこまで愛されているのか」と感激した。
 直ちにその夜、広島商工会議所でカープ発起人緊急会議が開かれ、短時間で次の5項目を可決した。
−広島カープ解散反対
−広島カープの合併反対
−広島カープを県民の手で存続させる
−広島カープを甲子園に送る
−カープ代表をセ・リーグ理事会に派遣
惜しまれるのは、カープ存続の影の原動力になった”8人の侍”の氏名が判らない事である。
訪問を受けた県も市も新聞社も、
驚きと感激のあまり訪問者の名前を控えておくことを失念してしまったのである。
いずれも、市内の商店主や勤め人であった、ということしか判っていない。

15 :代打名無し@実況は実況板で:04/09/17 20:06:53 ID:bddQV5xg
 カープの選手達が、甲子園大会に出場すべく出発した。天国と地獄の差を選手達は味わった。
「こんな嬉しいことは生涯味わえない」
さもありなん、旅費が無いためリュックを背負って、
広島から大阪まで何十時間かかるかも判らぬまま徒歩旅行を決行しようとしていた矢先、
列車に乗れようとは。
 広島駅を出発しない前に、早くも選手達は天国を見た。
どうして出発の時刻を知っていたのだろうか。見送りの市民で駅は埋まっていたのである。
列車に乗り込むと、窓から陣中見舞いの金一封、菓子、果物が差し入れられた。
発車のベル。その時、人垣をかき分けて一人の老婆が、
助監督白石勝巳の手に小さい紙包みを押し込んだ。
「白石さん、汽車賃も無い聞いて心配しとったのに・・・よかったのう、よかったのう・・・
これはわしのほんの気持ちじゃが、笑わんでとってくんさい・・・」
 半身を窓から乗り出して白石はその包みを受け取った。
「何かしらんが、有り難く貰っておくけんのう」
 列車が走り始めた。白石は小さな包みを開けてみた。
大きい握り飯が三個、それに梅干しが三つ添えてあった。
白石は、列車が岡山駅に着くまで涙が止まらなかった・・・

16 :代打名無し@実況は実況板で:04/09/17 20:09:42 ID:FGPHCRTb
【野球】広島・町田康嗣郎外野手放出 阪神へ金銭トレード
http://news18.2ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1095418563/

17 :代打名無し@実況は実況板で:04/09/17 20:20:30 ID:Wkx2nruO
清純のしゃべりかたは早すぎてよくわからん

18 :代打名無し@実況は実況板で:04/09/17 20:56:36 ID:bddQV5xg
まったくだ

19 :代打名無し@実況は実況板で:04/09/17 21:30:38 ID:GEyRuYjO
「どことは言わないが、足並みを乱した球団がある!」
既にオーナー職を退いてはいたが、未だ野球界に隠然たる影響力を持つ老人が、
常に見せるいやらしい笑みをさらに醜く歪ませて言い放ち、そして続けた。
「あのような球団は、栄光ある球界に相応しく無い。私の知ってる親会社が無いということは
みなし子と同じだ。責任を取る親いないなら子を罰するしかないなあ。がぁはっはっは!」
まずは読売による、対戦拒否。それに追従した各球団。全てのファンと選手の声は黙殺された。
焦土の街に建ち、その街と日本の復興と共に歩んだ市民球団は、あっさりと消えた。
もはやプロ野球界への参加を希望する企業も個人も無く、NPBは10球団一リーグとして再出発した。
こうして広島から、プロ野球の灯が消えた・・・・・かのように見えた。






20 :代打名無し@実況は実況板で:04/09/17 21:32:11 ID:zWAsxNUb
今じゃ、広島市民はカープ解散を反対しないよ

21 :>>19 続き?其の1:04/09/17 23:15:48 ID:lC7BIdlO
相次ぐ球界再編の流れの中で広島カープもまた、その長き伝統に終止符を打った。
2006年は悲惨な年だった。球団数は8球団にまで減少し、球界は確実に衰退の道をたどっていた。
急激な球団減少は大量の失業者を生み出した。どこの球団も余計な人数を受け入れることなど出来なかったのだ。

「僕はプロテクト枠に入れないで下さい」 木村拓也は監督室でそう言った。
当落線上にいる同僚はつい最近子供が生まれたばかりだ。彼よりも若い選手もいる。
「僕はどうにかなりますよ。今までお世話になりました」 はにかみながらそう言った。
監督である山本浩二は一言も発せなかった。部屋を出ていく背中に深く頭を下げることしか出来なかった。

あのころは辛い時代だった。社会人野球もまた縮小の一途をたどり、そこに再就職することもままならなかった。
それでも何件か話はあった。だが、全て同僚に譲ってしまった。そういう男だった。

男は自分の力をもう一度試したかった。厳しい条件をあえて受け入れアメリカ独立リーグに挑戦した。
僅かな貯金を切り崩しながら、野球に熱中する毎日。生活は苦しかったが妻と子供たちが心の支えだった。
やがてメジャー球団と契約することが出来た。マイナー契約だったが認められたことが嬉しかった。
野球をすることが出来ることに感謝していた。38歳までプレーし、燃え尽きた形で引退した。
幸せだと思った。その後、チームに残りコーチングや経営の勉強もさせてもらえた。
全ては男の誠実で勤勉な人柄の成せる技だった。


22 :其の2:04/09/17 23:17:39 ID:lC7BIdlO
あの年に自分たちの球団が消滅してから、広島市民は捉え様のない空白感に襲われていた。
またこの町に野球球団を。そう切望した。それが実現するには、長い長い時間を要した。
ニューヨーク五輪では第三次長嶋ジャパンが前回4位の雪辱を晴らす銀メダルを獲得し、
その次のケープタウン五輪では古田監督の下、悲願の金メダルを獲得し、国民の野球熱が最高潮に達した。
一度は野球を見放した国民も、代表選手の戦う気持ちにうたれ、再び戻ってきたのだった。
ケープタウン五輪の翌年には元の12球団に戻ることが決定した。広島市民の願いは実に10年越しで実った。

新広島駅に着いたその男を大勢の市民が迎えてくれた。
 「おかえりタクヤ」「コーチ就任おめでとう」「もうどこにも行くな」「広島を頼んだぞ!!」
 「絶対に優勝して下さい」「広島の希望の星☆キムタク」
そんな横断幕が何本も掲げてある。しかし男はそれを見ることが出来なかった。
涙があふれてきて目の前がぼやけてしまったのだ。
集った約3万のファンは広島の球団歌や当時のヒッティングマーチをみんなで合唱してくれていた。
その声を聞いてやっとここに帰ってきたんだと実感した。

「ただいま。ずいぶん長い旅だったよ・・・もうどこにも行かないからね。ずっと広島に帰って来たかったんだ・・・」

鳩が一斉に飛び立った。広島にカープが戻ってきた瞬間である。空には雲ひとつなかった

23 :代打名無し@実況は実況板で:04/09/17 23:29:02 ID:M7s1le3L
>>22
てゆーか、つまんないから

24 :代打名無し@実況は実況板で:04/09/18 04:10:32 ID:HEhlM0l5
てゆぅーかぁ、つまωねぃからぁ

25 :代打名無し@実況は実況板で:04/09/18 04:27:50 ID:L7JC4Ffn
>>1-1000
あーのね あーのね あーのねのね

26 :代打名無し@実況は実況板で:04/09/18 13:24:40 ID:hsnge9tb
俺は好きだぜ。カープが

27 :代打名無し@実況は実況板で:04/09/18 18:25:07 ID:Iac6aKvG
>>12-15
何度見ても泣けるいい話だ
石本も白石も本来何不自由ない野球生活送れるはずだったのを捨ててまでカープに来たんだっけ

28 :代打名無し@実況は実況板で:04/09/19 04:41:19 ID:4GCNGDK3
>>12-15
泣ける・・・

29 :代打名無し@実況は実況板で:04/09/19 04:55:53 ID:7EjUQnMN
同情するなら金をくれ

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